井筒

「井筒は、執着の苦しさを訴えることもしない、救済を求めることもしないという点できわだった存在。自らも死してなお、男の墓を訪れることをやめないという待つことの静かな哀しみに、すでに救済は遂げられているようです」
「能・到来するものの劇」 放送大学・竹森桂史氏の講義より



『井筒』 (いづつ) は、能を代表する曲の一つである。世阿弥作と考えられ[1]、世阿弥自身が申楽談儀でこの曲を「上花也」(最上級の作品である)と自賛するほどの自信作であった。若い女性をシテとした鬘能で、序ノ舞を舞う大小ものである。
a.wikipedia.org/wiki/井筒_(能) より

「彼女の足は、自然に思い出の井筒へと向かう。そして業平の直衣を身に着けたその姿で、子供の頃業平としたように、自分の姿を水面にうつす。そこに映るのは、女の姿とは思えない、男そのもの、業平の面影だった。舞台は一瞬静寂につつまれる。「なんて懐かしい…」そう呟いて、彼女は泣きくずれる。 そして萎む花が匂いだけを残すかのように彼女は消え、夜明けの鐘とともに僧は目覚めるのだった。」
a.wikipedia.org/wiki/井筒_(能) より
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by oyukibo | 2012-01-26 18:49 | 演劇
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