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海のこと

豊穣の海 第一巻 「春の雪」  著/三島由紀夫 より

退いてゆく波の彼方に、幾重にもこちらへこちらへと折り重なってくる波の一つとして白いなめらかな背を向けているものはない。みんなが一せいにこちらを目ざし、一せいに歯噛みをしている。しかし沖へ沖へと目を馳せると、今まで力づよく見えていた渚の波も、実は希薄な衰えた拡がりの末としか思われなくなる。次第次第に、沖へ向かって、海は濃厚になり波打ち際の海の希薄な成分は濃縮され、だんんだん圧搾され、濃緑色の水平線にいたって、無限にに詰められた青が、ひとつの硬い結晶に達している。距離とひろがりを装いながらその結晶こそは海の本質なのだ。この稀いあわただだしい波の重複のはてに、かの青く凍結したもの、それこそが海なのだ。......

(新潮文庫 P.273)
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by oyukibo | 2010-08-02 22:16 |